詳 細

2013-04-26

【傳@達 発刊の辞に代えて】茅先生の三つの提言―日中関係の好転のために

    早春四月、新緑があふれている。

 

  しかし、日中関係は春の足取りに追いついていない。両国の関係を修復するために、今年になってから、大小の訪問団が矢継ぎ早に中国を訪れ、様々なシンポジウムが日中で開かれている。「新たな日中関係の構築」と題する大型シンポジウムでは、中国から来た著名な経済学者、()于軾()先生(84歳)の三つの提言が会場の共感を呼び、それがパネリストたちの討論で最も多く引用されていた。

その三つの提言とは次のようなものである。

一.「温良恭倹譲」を国際関係に取り入れること。

二.外交の処理に当たっては、人を基本とし、国を基本としないこと。

三.自己批判をして、お互いの批判はしないこと。

 

「温良恭倹譲」とは、『論語・学而』の中にある言葉で、温和、善良、敬い、節約、謙譲を意味し、儒家の提唱するところの人との接し方の規範である。日中両国は、歴史的に共に儒教の影響を深く受けた国だが、人との接し方の面では、日本の方が中国よりも伝統が守られているようだ。「温良恭倹譲」を用いて両国関係の規範とするというのは、理想論のきらいがあるとはいえ、もしもお互いに約束の上で実行したならば、直面している問題を解決することができるだけでなく、世界のどこにおいても国家関係の手本となることであろう。

 

民を基本にするという心情は、東アジアでも長い歴史を有している。孟子の言う「民を最も貴び、国家はこれに次ぎ、君主はさらに軽いものとする」や、元の張養浩の「(どう関懐古」の「国興りて百せい苦しみ、国亡びて百せい苦しむ」は、共に古くからの名言とされ、今日に伝わっている。この度の日中間の「シギとハマグリの争い」(訳注:成語「漁夫の利」の前半)は、両国の経済交流や人の往来に莫大な損失をすでにもたらしており、今後もまだ続いていくであろう。これに対して、政治家たちの言っている国家利益などというのは、雲や霧に包まれたような、茫漠としたものにすぎない。

 

第一と第二の提言が、道徳的規範や為政の根本という観点から、国際対立を回避することであるとすれば、第三の提言は、対立が起きた後にはどう対処すべきかということを言っている。ののしり合いは、相手を傷つけ、自分も傷つき、世論を巻き込み、民衆を巻き込み、政治を巻き込み、やればやるほど激しくなり、悪循環に陥り、遂にはお互いに引っ込みがつかなくなってしまうものだ。

 

中国のことわざに「年長者の言葉を聞かないと、必ず損をする」というのがある。茅先生の三つの提言をお借りして、このメールマガジンの発刊の言葉とし、日中関係の春が一日も早く到来するようにと呼びかけたい。

 

日中国交回復から41年になる。両国間の物流は極めて盛んであるが、コミュニケーションの方は細々と、途切れがちである。その結果、「人の顔は知るが、心は知らず」ということが、今日の両国が抱えているほとんど全ての問題の解決を困難にしているネックとなってしまったのだ。日中間のコミュニケーションを我々が使命とするのには、両国の物的交流と心的交流のバランスが欠けている現状に対する危機感が根底にあるからだ。我々はこの『伝@達』というメールマガジンを通じて、業務研究の視点から、いくつかの問題を検討し、日中間のコミュニケーションのために参考となる見方や考え方を提供し、長きに渡って存在する「伝而不達」(伝えても通じない)という難題を解決する一助とし、日中の相互理解、友好交流のために己れの微力を尽くしたいと思う。一見識に過ぎないので、誤りは避けられないところである。ご批判、ご叱正を願う。